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11日 4月 2026

戻らぬ秋と、静かな勇気――高崎映画祭の一日

 

第39回高崎映画祭『ハーヴェスト・ムーン』舞台挨拶レポート

第39回高崎映画祭で上映されたモンゴル映画『ハーヴェスト・ムーン』は、静かな余韻のなかに、深い喪失と再生の物語を宿した作品だ。

本作を手がけたのは、俳優・プロデューサーとして国際的に活躍してきたアムラ・バルジンヤム監督。長編初監督作でありながら、世界各国の映画祭で高く評価され、観客賞を受賞、第95回アカデミー賞モンゴル代表作品にも選出された。

2024年春に開催された第39回高崎映画祭では、アムラ・バルジンヤム監督を迎えた舞台挨拶が行われた。会場には映画ファンの熱気が満ち、作品に込められた精神性と、観客たちの真摯なまなざしが静かに交差していた。ここでは、その舞台挨拶の様子と、作品が観る者に投げかける問いを記しておきたい。


  高崎の街と映画祭の空気

高崎映画祭は、毎年多くの映画ファンが訪れる歴史ある映画祭である。駅から会場へと続く道には映画祭のフラッグが掲げられ、街全体が映画を祝福しているようだった。

会場となった高崎芸術劇場は、木のぬくもりと現代的なデザインが調和した空間で、吹き抜けのロビーや広々とした階段が、これから始まる映画体験への期待をいっそう高めていた。館内には上映作品のポスターや関連情報も掲示され、映画祭ならではの特別な時間が流れていた。


「戻らぬ秋」というタイトル

本作のモンゴル語原題は、直訳すれば**「帰ってこなかった秋」、あるいは「戻らぬ秋」**を意味する。

本来、秋とは、渡り鳥が戻り、子どもたちが学校へ通い、人々が家へ帰る季節でもある。だが、この作品が見つめるのは、その「帰る」という円環からこぼれ落ちてしまった人々の現実だ。

舞台挨拶を通してあらためて感じたのは、本作が単なる草原の美しい物語ではないということだった。そこには、失われたもの、不在のまま残されるもの、そして、それでもなお生き続ける人間の姿が描かれている。

作品全体を貫く静かな喪失感は、草原を吹き抜ける風のように観客の心に残る。同時に、その風の向こうに、再生へと向かうかすかな光も感じさせる。


 5年の歳月をかけて生まれた作品

監督は、この作品の完成までに5年という長い歳月を費やしたという。舞台挨拶では、主人公の少年との出会いや、着想の背景について語られた。

とりわけ印象に残ったのは、監督自身が姉の子どもを育てた経験に触れながら語った、**「親の愛は、何物にも代えがたい唯一無二の感情である」**という言葉である。

それは単なる説明ではなく、実体験からにじみ出た言葉だった。作品に流れる深い愛情と、子どもを取り巻く過酷な現実へのまなざしは、監督自身の人生経験と強く結びついているのだと感じられた。


 現代モンゴル社会が抱える現実

『ハーヴェスト・ムーン』の背景には、現代モンゴル社会が抱える切実な問題が横たわっている。

監督の言葉から見えてきたのは、出稼ぎや貧困などの事情により、片親、あるいは親の不在という環境で暮らす子どもたちの存在である。そうした子どもたちは、精神的にも生活面でも、幼い段階から「大人」であることを求められる。

本作は、その姿をセンセーショナルに描くのではない。静かに、しかし確かな重みをもって映し出している。そのまなざしは、社会問題を説明するためだけのものではなく、一人ひとりの尊厳を見つめるためのものだと感じられた。


 風景が感情を語る映画

本作の大きな魅力の一つは、風景そのものが感情を語っている点にある。

ウランバートルから約400キロ離れた土地に広がる青い山々と草原は、単なる背景ではない。登場人物たちの心情を映し出す、もう一人の登場人物のようにそこにある。

言葉にできない寂しさや悲しみは、空の広がりや風の動きのなかに溶け込み、観る者に静かに伝わってくる。

また、作中に登場する手作業での草刈りの場面には、現代の効率とは異なる時間が流れている。監督はそれを、心を落ち着かせる「修行」のような時間として捉えているという。そこには、自然とともに生きる感覚と、人間の内面を見つめ直す視線とが重なっている。

さらに印象的だったのが、草原で電波をつかむために作られた電話台のエピソードである。人と人とがつながるためには、距離と努力が必要であることを象徴するその台は、映画のための装置でありながら、撮影後も現地の人々に使われ続けているという。映画の象徴が、現実の暮らしへと還元されている点にも、本作の美しさが表れていた。


 舞台挨拶の場で触れた監督の人柄

今回、私は舞台挨拶で通訳を務める機会をいただいた。緊張していた私に、監督は
「зоригтой бай(勇気を持って)」
と声をかけてくださった。

その短いひと言には、不思議な温かさと力があった。

映画が描いているのもまた、失われたものを抱えながら、それでも人を想い、前に進もうとする強さである。監督からのこの言葉は、まるで作品のメッセージそのもののように感じられた。舞台挨拶の場で監督と共有した時間は、映画のラストシーンのような静かな勇気として、今も心に残っている。


 高崎の街と映画がつないだ食の記憶

映画祭の夜、会場の楽屋で監督と談笑した時間も、忘れがたい思い出である。

その場には、高崎名物の**「鶏めし」**の駅弁があった。通訳として私もいただいたその弁当のパッケージには、伝統的な日本の風景が描かれており、どこか映画の一場面のような趣があった。

映画祭という文化の場で、モンゴル映画と高崎の郷土の味が自然に同じ時間のなかに存在していたことは、とても印象的だった。映画は映像だけでなく、その土地の空気、人との会話、食の記憶まで含めて、一つの体験として心に残るのだとあらためて感じた。


 結びにかえて

『ハーヴェスト・ムーン』は、戻らぬものをただ嘆くための映画ではない。

失われたものの不在を見つめながらも、それでもなお誰かを想い、生きていく人間の尊厳を描いた作品である。

第39回高崎映画祭でこの作品と出会えたこと、そしてその場で監督の言葉に触れられたことは、私にとって大きな経験となった。高崎の街の温かさ、映画祭の熱気、そして草原の風のように静かに胸に残るこの物語。そのすべてが重なり合い、忘れがたい時間となった。 

 

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