ノタック資料室
ノタックのご縁から生まれたモンゴル旅行記
――言葉を越えて感じた草原と人の温かさ
こちらは、ノタックの学習者の方による 「モンゴル旅行記」 を、記録として読みやすく整理したものです。 モンゴル語をほとんど話せない不安、ベジタリアンとしての食事の心配を抱えながらも、 ノタックのご縁に支えられて実現した旅の記録です。
旅の舞台は、ウランバートル、テレルジ、ツェベクマ・ツーリストキャンプ、 チンギス・ハーン像、亀石、寺院、博物館、そして草原です。 そこには、観光だけでは終わらない、人との出会いと学びがありました。
※投稿にあたり、個人名および個人が特定される情報の一部を伏せています。
モンゴルに行きたい、という思いから
この旅は、モンゴル語教室に通っているにもかかわらず、 モンゴル語をほとんど話せない学習者の方が、 「それでもモンゴルに行きたい」と思ったところから始まりました。
さらに、モンゴルは肉食文化の印象が強い国です。 旅行者はベジタリアンであり、食事の面でも不安がありました。
最初は旅行会社に相談しても、一人旅ではホテルや車の手配が割高になり、 予算の面で実現が難しそうでした。 そんな時、ノタックの先生を通じて、現地で通訳やホテル、車の手配を引き受けてくださる方とのご縁がつながり、 旅が少しずつ現実になっていきました。
「大丈夫ですよ。任せてください。」
その一言が、どれほど心強かったことでしょう。 旅は、言葉だけでなく、人の安心感によって始まることがあります。
ウランバートル到着
8月19日の夜、いよいよ日本を出発。 飛行機は少し遅れたものの、機内食がしっかり出たことに驚き、 そこからすでに「パワフルなモンゴル」を感じたと書かれています。
到着は深夜。 入国審査を済ませ、空港の出口で迎えてくださった先生の姿を見て、 ほっと安心したそうです。
さらに、旅行中のドライバーを先生のご主人が引き受けてくださることになり、 旅は家族的で温かな雰囲気の中で始まりました。
空港からホテルへ向かう車中で、ウランバートル市内の説明を聞きながら、 「モンゴルに来た」という実感が少しずつ湧いてきたと記されています。
ウランバートルからテレルジへ
翌朝、ホテルで朝食を済ませ、テレルジへ向けて出発。 ウランバートル市内を出ると、右も左も草原が広がり、 遠くにはゲルや羊の群れが点在していました。
途中では、ふたこぶラクダや鷹を見る機会もありました。 ラクダの大きさ、そして自然の中で放し飼いのように座っている姿に、 旅行者は圧倒されたそうです。
その後、チンギス・ハーン像テーマパークを訪れ、 巨大な騎馬像と資料館を見学しました。 資料館では、モンゴルの古い展示品の中に金銀製品が多いことに驚き、 モンゴルの歴史の豊かさを感じたと書かれています。
草原、ゲル、羊の群れ、ラクダ、鷹、そしてチンギス・ハーン像。
初めてのモンゴルで目にするもの一つひとつが、 旅の記憶として刻まれていきます。
ツェベクマ・ツーリストキャンプへ
テレルジでは、ツェベクマ・ツーリストキャンプに宿泊しました。 このキャンプは、モンゴルと日本の交流の記憶にもつながる、 静かな草原の中の場所です。
ツェベクマさんは、司馬遼太郎さんがモンゴルを訪れた際に 通訳をされた方としても知られています。 その人生については、司馬遼太郎さんの 『草原の記』 にも記されています。
キャンプに到着すると、ノタックにつながる方々とも合流しました。 草原の中で人が集まり、食事を囲み、語り合う時間は、 旅をより温かいものにしてくれました。
そこには、観光地としてのモンゴルだけではなく、 人の記憶や暮らしが息づくモンゴルがありました。
この旅は、観光旅行でありながら、同時に人の記憶にふれる旅でもありました。 草原の風景の中に、モンゴルと日本をつないできた人びとの歩みが重なって見えてきます。
亀石と寺院、そして心に残った言葉
テレルジでは、亀石と、その先にある寺院も訪れました。 亀石は、その名の通り亀の形をした岩で、 自然の力によって作られた形に不思議さを感じたそうです。 ちょうど虹も出ていて、何枚も写真を撮ったと記されています。
寺院では、天井にルーレット盤のようなものがあり、 それを回して止まった数字のメッセージを探して読む体験をしました。
モンゴル語を読めない旅行者の方は、先生に読んでもらいました。 そこには、 「人々と協力してやっていくことが大切」 という意味のメッセージがあったそうです。
旅先で偶然出会った言葉が、自分に必要な言葉として心に残ることがあります。 このメッセージもまた、モンゴル旅行の大切な記憶になりました。
ベジタリアン料理への驚き
旅行者はベジタリアンでした。 肉食文化の印象が強いモンゴルで、食事は大きな心配の一つでした。
しかし、ツェベクマ・ツーリストキャンプでは、 動物性のものが入っていない食事を用意してくださり、 野菜スープは絶品、サラダは新鮮で、味付けも抜群だったそうです。
「まさかモンゴルで、ここまでおいしいベジタリアン料理を食べることができるとは想像していなかった」 という驚きと喜びが書かれています。
食事は、旅の安心を大きく支えます。 その人に合わせて用意された料理は、単なる食事ではなく、もてなしの心そのものです。
夜のゲルと草原の音
この日は、ゲルでトランプをした後、シャワーを浴びて就寝。 眠りにつく前には、遠くに獣の遠吠えが聞こえ、 近くではキャンプの番犬の声が聞こえたそうです。
ゲルの外側に広がる夜の自然の営みを身近に感じながら眠りについた、 という一節は、とても印象的です。
ホテルではなくゲルで眠るからこそ、 外の世界の気配が近くにあり、草原の夜を全身で感じることができます。
ツェベクマさんの小屋と写真
翌朝、ツェベクマさんが晩年を過ごされた小屋と、 ツェベクマさん、司馬遼太郎さん、その他の方々が写っている写真を見学しました。
貴重な写真が壁に展示されている様子を見て、 旅行者は「もったいない」と感じ、 せめて写真の説明文を付けたいと話し合ったそうです。
また、ツェベクマさんが日本国から勲章を授与されている証書も見つけ、 モンゴル人でありながら日本に多大な貢献をされた女性だったのだと、 改めて感動したと記されています。
写真や証書は、ただの展示物ではありません。 そこには、一人の女性の人生と、モンゴルと日本をつないだ記憶が残されています。
念願の乗馬体験
旅の大きな楽しみの一つは、乗馬でした。 子どもの頃に少しだけ馬に乗った記憶があり、 何十年も経って、モンゴル馬に乗る夢が叶いました。
山の急斜面を下りたり、川辺まで行ったり、 さらに遊牧民の子どもたちが乗馬のアルバイトで来ていたため、 追加で乗馬を楽しむこともできました。
乗馬に慣れた人たちの姿勢の良さを見て、 「次回はもっと上手になるぞ」と思ったそうです。
乗馬は、モンゴルの草原を体で感じる体験です。 車から眺める草原とは違い、馬の背に乗ることで、 大地との距離がぐっと近くなります。
ウランバートル市内へ
旅の後半は、ウランバートル市内へ向かいました。 車窓の風景は、草原、ゲル、羊やヤクの群れから一変し、 市内に近づくにつれて渋滞が激しくなっていきます。
日本で運転する旅行者も、ウランバートル市内では絶対に運転できないと感じたそうです。 ここにも、草原とはまた違うモンゴルの都市の姿があります。
その後、現地でお世話になった方のお宅を訪問し、 礼装で迎えてくださった年長の女性から、 モンゴル女性の強さを感じたと書かれています。
目上の方へ贈り物を渡す時のしきたりにもふれ、 モンゴルの伝統が今も生きていることを学んだそうです。
寺院、ザイサン・トルゴイ、博物館
ウランバートル市内では、寺院、ザイサン・トルゴイ、 モンゴル民族博物館を訪れました。
ザイサン・トルゴイでは、石段を登りきった丘の上から、 ウランバートル市内を一望できました。
モンゴル民族博物館では、歴史に詳しい先生が一つひとつ丁寧に説明してくださり、 モンゴル語がわからない旅行者にとって、とてもありがたい時間になりました。
言葉がわからない場所で、誰かが橋渡しをしてくれること。 それは、旅の理解を何倍にも深くしてくれます。
人との出会いから見えたモンゴル
今回の旅は、正味3日間の短い旅行でした。 しかし、旅行者にとっては、現地の方々やノタックにつながる人たちと過ごした、 アットホームで貴重な体験になりました。
年長の世代からは、混乱の時代を生き抜いてきた強さを感じました。 日本で暮らす世代からは、異なる土地で生活を築いていく努力を感じました。 そして若い世代からは、自然に複数の文化の中を行き来する姿が見えました。
さまざまな世代の人たちとの出会いを通して、 モンゴルの時代の変遷を少し垣間見たような旅だったと記されています。
旅は、場所を見るだけではありません。
人と出会い、その時間に少しふれることで、 国の歴史や民族の記憶が、より近くに感じられることがあります。
モンゴルをさらに好きになった旅
旅行記の最後には、 モンゴル人はどんな所にも順応していく適応力があるのではないか、 それは遊牧民族として、どこにでも移動して生活していく資質を持っているからなのかもしれない、 という感想が書かれています。
さらに、モンゴル人は自然との共生の中で、 大地に根ざした生きる強さと、 生き抜くための努力を惜しまない民族だと感じたそうです。
思い切ってモンゴルを旅行して、 モンゴルと遊牧民族のモンゴル人がさらに好きになった。 そして、自分の課題は、少しでもモンゴル語を習得できるよう前に進むことだと結ばれています。
言葉がわからなくても、モンゴルを感じ取ることができた旅でした。
けれど、コミュニケーションがとれれば、もっともっと楽しかったはず。
だから、努力しようと思いました。
この言葉は、語学教室にとってとても大切です。 旅が、もう一度ことばを学ぶ力になる。 ノタックの学びが、現地での体験につながり、 その体験がまた次の学びへ戻ってくる。
この旅行記は、ノタックのご縁から生まれた、 とても温かなモンゴル旅行の記録です。
初出資料:H・Mさん「モンゴル旅行記」
※本記事は、当時の旅行記をもとに、投稿用に読みやすく整えたものです。
※投稿にあたり、個人名・親族関係・個人が特定される情報の一部を伏せています。

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