ノタック資料室の研究ノート
トヨタ財団ライフヒストリー調査の記録①
セルゲイ・ツィレンドルジエフさんと『バイカル』雑誌
― タイプで打たれた手紙と、ブリヤートモンゴル語で書かれた生い立ちの記録 ―
トヨタ財団ライフヒストリー調査の成果をふり返りながら、ノタック資料室で整理しているブリヤートモンゴル関係資料の一部を記録します。 第1回は、文学雑誌『Байгал/Байкал(バイカル)』と、その編集長セルゲイ・ツィレンドルジエフさんに関わる資料についてまとめました。
長年少しずつ集めてきたブリヤートモンゴル関係の本や雑誌を整理していると、一冊の資料から、人との出会いの記憶がよみがえることがあります。 今回あらためて見直したのは、ブリヤート文学雑誌『Байгал/Байкал(バイカル)』と、その編集長を務めたセルゲイ・ツィレンドルジエフさんに関わる資料です。
『バイカル』雑誌とセルゲイさん
セルゲイさんは、ブリヤートの村に生まれ、教師、新聞記者、編集者として歩みました。 そして『バイカル』誌の編集長として、ブリヤート文学の作品や作家たちの声を世に送り出す役割を担いました。 『バイカル』は単なる文学雑誌ではなく、ブリヤートの言葉で書き、読み、残そうとした人びとの思いが息づく大切な場だったと思います。
ライフヒストリー調査を支えてくれた方
セルゲイさんは、トヨタ財団ライフヒストリー調査の現場でも、たいへん大きな力になってくださいました。 聞き取りをお願いする方々を紹介してくださり、時には調査に同行し、人と人との間を静かにつないでくださいました。 そのおかげで、私は一人ではたどり着けなかった語りや記憶に出会うことができました。
さらにセルゲイさんは、ご自分の生い立ちについても、ブリヤートモンゴル語で数十ページにわたる記録を残してくださいました。 これは単なる略歴ではなく、ひとりのブリヤート知識人がどのように育ち、学び、文学や編集の仕事へ向かっていったのかを伝える、たいへん貴重なライフヒストリー資料です。
タイプで打たれた手紙と、手書きで残された思い出
私の手元に残っている資料の中には、印刷された雑誌や本だけではなく、本人がタイプで打った手紙や、手書きで残された思い出もあります。 活字になった本は、すでに整えられた形で残されていますが、タイプで打たれた文章や手書きの言葉には、また別の重みがあります。 そこには、その人が自分の手で記録し、誰かに伝えようとした時間がそのまま残っているように感じられます。
紙の質感、文字の配置、余白、手書きの線。 それらは単なる情報ではなく、人の声や気配を運ぶものです。 資料整理をしていると、本や雑誌は内容だけでなく、人と人との出会いも一緒に残しているのだと感じます。
詳細データは非公開で整理し、公開できる範囲から記録する
もちろん、こうした資料の中には、個人的な内容や細かな書誌情報、発行部数、所蔵確認など、公開には向かない情報も含まれています。 そのため、詳細なデータは非公開の資料台帳に保存し、まずは整理を進めたうえで、公開できる範囲から少しずつ記録していきたいと思います。
日本では、このようなブリヤートモンゴル関係資料をまとまった形で目にする機会は多くありません。 だからこそ、手元に残された雑誌、本、手紙、メモを一つずつ確認し、急がず丁寧に記録していくことには意味があると感じています。
第1回としてセルゲイさんを取り上げる理由
第1回としてセルゲイさんを取り上げるのは、彼の資料が、まさに「人の記憶」と「文学」と「出会い」をつないでいるからです。 一冊の雑誌、一通の手紙、そしてブリヤートモンゴル語で書かれた数十ページの生い立ちの記録。 それらはばらばらの資料ではなく、ブリヤート文学を支えた人びとの足跡を伝える、大切な資料群だと思います。
ノタック資料室では、これからもブリヤートモンゴル関係の本や雑誌を少しずつ整理し、公開できる範囲では、その資料が教えてくれることを静かに書き残していきます。
まとめ
資料は、単なる古い本ではありません。そこには、言葉を残そうとした人びとの思いと、出会いの記憶が静かに息づいています。 『バイカル』雑誌とセルゲイさんに関わる資料は、ブリヤート文学とライフヒストリー調査をつなぐ、大切な入り口になっています。

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