ノタック資料室の研究ノート
トヨタ財団ライフヒストリー調査の記録②
ビンバ先生とブリヤート知識人たちの記憶
― Б. Д. Цибиков『Бурятские ученые национал-демократы』を手がかりに ―
2005年2月、ウラン・ウデでブリヤートの歴史学者 Цыбиков Бимба Доржиевич 先生に2回インタビューを行いました。 映像と音声で残された語り、ブリヤートモンゴル語の書き起こし、そして一冊の本を手がかりに、 ブリヤート知識人史とライフヒストリー調査の記憶を振り返ります。
2005年2月、私はウラン・ウデで、ブリヤートの歴史学者 Цыбиков Бимба Доржиевич 先生に2回インタビューを行いました。 私は先生を、親しみを込めて「ビンバ先生」と記憶しています。
場所は、ウラン・ウデの研究機関の会議室でした。 私はMD録音機とビデオカメラを準備し、自分で作った質問リストを手元に置きながら、緊張してインタビューに臨みました。
力強い記憶を持つ先生
ビンバ先生は、本人の語りでは1911年生まれです。 私がお会いした時には90歳を超える高齢でしたが、とてもお元気で、大柄で、がっしりとした体格をしておられました。
特に印象に残っているのは、先生の目の力強さです。 私の質問を一つひとつ注意深く聞き、はっきりと、丁寧に答えてくださいました。
先生は昔のことを語る時、何か資料を見たり、メモに頼ったりすることはありませんでした。 自分の記憶の中から、一つひとつの出来事を取り出すように、分かりやすく話してくださいました。
その姿を前にして、私はただインタビューをしているのではなく、 20世紀を生き抜いた一人のブリヤート知識人の前に座っているのだと感じました。
生い立ちと学問への道
先生の語りは、ご自身の生い立ちから始まりました。 イヴォルガ村で生まれ育ったこと、学校に通ったこと、家族のこと、若いころの病気、学問への道、 そしてレニングラードやモスクワで学んだ時代のこと。
その一つひとつの話の中に、個人の人生だけではなく、 ブリヤートモンゴル人が20世紀に経験した大きな時代の流れが重なっていました。
先生は、若いころに大きな病を経験したことも語ってくださいました。 目の前にいる先生はとても健康そうに見えたので、その話を聞いた時、私は大きな驚きを覚えました。 その語りからは、ブリヤートモンゴル社会における信仰、医療、暮らしのつながりも感じられました。
ビンバ先生の人生は、学問への強い意志に支えられていました。 レニングラードで学び、モスクワ大学大学院へ進み、ブリヤート史、モンゴル史、慣習法、文化史に関わる研究を続けました。
モンゴル学・ブリヤート学の記憶
先生の語りの中には、Цыбен Жамцарано、Николас Поппе、Бямбын Ринчен など、 モンゴル学・ブリヤート学に関わる重要な人物たちの名前も現れました。
当時の私は、まだ十分な知識を持っていたわけではありません。 先生の前に座り、ただ一生懸命に耳を傾け、聞いたことをノートに書き続けていました。 今思えば、もっと深く質問できたことがたくさんあったはずです。
けれども、あの時の私が緊張しながら残した録音、映像、ノートは、 今になってとても大切な意味を持つようになりました。
映像と音声で残された語り
インタビューはビデオカメラで録画し、同時にMDでも録音しました。 そのため、先生の声だけでなく、表情、姿勢、沈黙、質問を聞く時のまなざしも記録として残されています。
インタビューの後、私は先生の語りをブリヤートモンゴル語で書き起こしました。 さらに、その内容をパソコンで縦書きモンゴル文字にも入力しました。
声として残された語りを、文字に移し、さらにモンゴル文字として残す作業は、 先生の人生の記憶を後に伝えるための大切な保存作業だったと思います。
一冊の本と、2005年の記憶
今回、ノタック資料室で整理している Б. Д. Цибиков『Бурятские ученые национал-демократы』という一冊の本を見直した時、 私は2005年のインタビューを強く思い出しました。
この本は、ブリヤートの知識人たちについて書かれた学術書です。 発行部数は少なく、広く一般に流通した本というより、研究者や関係者の間で大切に読まれてきた資料だったと思われます。
タイトルページには、2005年2月7日付の縦書きモンゴル文字による手書きの言葉も残されています。 詳細な内容は非公開台帳に保存しますが、その一筆から、この本が単なる研究書ではなく、 人と人との出会いの中で手渡された資料であることが伝わってきます。
書かれた知識人史と、語られたライフヒストリー
この本と、2005年のインタビュー記録を並べて見ると、 「書かれた知識人史」と「語られたライフヒストリー」が重なって見えてきます。
本として残された学問の記録。
声として残された人生の記憶。
映像として残された語る姿。
そして、文字として残されたブリヤートモンゴル語の書き起こし。
それらは、ばらばらの資料ではありません。 一人の人生、学問、言葉、記憶をつなぐ、大切な手がかりです。
第1回で取り上げたセルゲイ・ツィレンドルジエフさんが、私をブリヤートの人びとの記憶へ導いてくれた案内者だったとすれば、 第2回のビンバ先生は、その記憶の奥にあるブリヤート知識人史を、人生そのもので示してくださった方だと感じます。
先生にお会いした翌年、先生は亡くなられました。 今振り返ると、あの時、長い時間をかけて丁寧に語ってくださったこと、 そしてその語りを映像と音声で残すことができたことに、深く感謝しています。
時間はずいぶん過ぎました。 けれども今、ノタック資料室で本や録音、書き起こしを一つずつ整理しながら、 あの時の出会いの意味を少しずつ書き残していきたいと思います。
まとめ
一冊の本、一本の録音、一つの映像、そして一つの手書きの言葉。 それらは、ブリヤートモンゴル人の記憶を未来へつなぐ大切な資料です。 ノタック資料室では、これからもトヨタ財団ライフヒストリー調査で出会った人びとの記録を、 少しずつ整理していきたいと思います。

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